ライバー事務所のM&Aでは、所属人数や累計配信時間だけで企業価値を判断できません。配信アプリ運営会社と事務所の契約、事務所と所属ライバーの契約、配信報酬の算定・精算、稼働するライバーの継続性、イベントや広告案件の採算、担当マネージャーの再現性を一体で確認する必要があります。登録者が多くても、上位数名へ報酬と売上が集中し、契約終了やアプリ側の制度変更で利益が消える構造なら、取得後の収益を再現しにくいためです。
結論からいえば、譲渡企業が最初に行うべきことは、ライバーごとに「契約・稼働・収益・精算・継続意思」を同じ基準で整理することです。月次の配信日数と時間、アプリ内の報酬明細、事務所への入金、ライバーへの支払、育成・サポート原価、休止・退所、イベント参加を突合し、事務所に残る粗利を示します。そのうえで、ライバー本人の選択と安全を尊重し、譲受企業の下でも活動を続けられる条件を確認します。本記事は一般的な情報提供であり、個別の価格、契約、独占禁止法、フリーランス法、労務、税務、知的財産、個人情報の判断は、具体的な資料を専門家へ示して確認してください。
ライバー事務所のM&Aで対象となる事業
ライバー事務所は、実在する配信者を募集・審査し、配信開始の支援、企画、目標管理、日常相談、配信品質、安全対策、イベント参加、広告案件、報酬精算などを行う事業です。配信アプリの一次代理店やパートナーとして所属ライバーを支援する会社、複数の二次代理店やスカウト網を束ねる会社、特定ジャンルの配信者を育成する会社など、契約関係と収益構造は同じではありません。
取得対象はライバー本人ではなく、会社の株式、プラットフォーム・代理店契約、所属契約、運営ノウハウ、採用経路、マネジメント組織、報酬精算の仕組み、広告主との関係、適法に承継できるデータなどです。契約上は会社に所属していても、本人が活動を続けなければ配信収益は生まれません。そのため、契約の移管可能性と本人の継続意思を分けて確認します。
| 機能 | 主な契約・資料 | 評価の要点 |
|---|---|---|
| 募集・審査 | 募集媒体、紹介、応募記録、審査基準 | 採用単価、適法性、定着率、再現性 |
| 育成・管理 | 研修、担当表、面談、配信計画 | 実働化、継続、安全、担当者依存 |
| 配信収益 | アプリ明細、入金、分配、精算書 | 総額と粗利、控除、未払、変動条件 |
| イベント・案件 | 参加規約、広告契約、制作・出演記録 | 採算、広告表示、権利、キャンセル |
| プラットフォーム | 代理店契約、管理画面、運用通知 | 契約承継、制度変更、権限、集中度 |
インフルエンサー事務所・VTuber事務所との違い
一般的なインフルエンサー事務所は、SNS投稿、広告案件、キャスティング、制作、肖像・コンテンツ利用が中心になりやすい一方、ライバー事務所はリアルタイム配信の継続稼働、アプリ内イベント、日々のコミュニケーション、配信報酬の精算が事業の中核です。フォロワー数だけでなく、月に何人が実際に配信し、何日・何時間活動し、翌月以降も継続したかを追う必要があります。広告案件を中心に扱う会社は、インフルエンサー事務所の売却・M&Aガイドも参照すると評価軸を分けやすくなります。
VTuber事務所ではキャラクターIP、Live2D・3Dモデル、楽曲、演者とキャラクターの関係が重要です。ライバー事務所は実在人物が本人名義または活動名でライブ配信を行うため、配信継続、報酬精算、肖像・声・アーカイブ、ハラスメントや身元特定への安全対策が中心になります。キャラクターIPの制作・保有が主力なら、VTuber事務所のM&Aガイドを確認してください。
一社でライバー、インフルエンサー、VTuberを扱う場合は、部門ごとに売上、粗利、契約、所属者、人員、アカウント、権利を分けます。「クリエイター事務所」という一括表示のままでは、譲受企業が何を取得し、どの人員と費用が必要かを判断できません。共通する管理部門の費用も、合理的な基準で配賦します。

ライブ配信報酬を事務所粗利まで分解する
ライブ配信の経済的な流れは、視聴者の課金額、アプリ上のポイント・アイテム、プラットフォームが算定する報酬、代理店・事務所への入金、ライバーへの分配、事務所に残る粗利という段階に分かれます。各段階の名称と計算方法はプラットフォームや契約で異なり、視聴者が支払った総額をそのまま事務所売上として説明することはできません。
公式資料でも、17LIVEのギフト、Pocochaのダイヤ、TikTokのダイヤモンドのように名称と仕組みが分かれています。17LIVEのAgency契約案内を含め、公開ページだけから特定事務所の収益率や契約移管可否を一般化せず、原契約、管理台帳、個別の承諾・変更条項と照合します。
月次管理では、プラットフォーム管理画面、支払通知、銀行入金、会計売上、ライバー別精算書、銀行振込を基準月付きで突合します。ポイントの有効期限、返金、不正利用、税、源泉徴収、振込手数料、最低支払額、確定時期が異なる場合は、契約と実際の運用を併記します。代理店階層がある場合は、誰が誰に請求し、どの段階で手数料を控除するかも図にします。
ライブ配信以外に、広告出演、イベント、ファンクラブ、物販、紹介料、レッスン料などがある場合は、収益源を分けます。イベント報酬が配信実績に連動するのか、スポンサーから直接受け取るのかによって原価と契約が変わります。ライバー本人から徴収する費用がある場合は、根拠、説明、同意、返金条件を確認し、売上と預り金を混同しません。
| 段階 | 確認する金額 | 主な証拠 |
|---|---|---|
| 視聴者課金 | 課金額やアイテム利用 | 公開ルール、管理画面 |
| 報酬算定 | 時間、成果、イベント等に基づく額 | プラットフォーム明細、契約 |
| 事務所入金 | 確定額、控除、調整、返金 | 支払通知、請求、銀行入金 |
| ライバー分配 | 契約上の基礎額と分配額 | 精算書、振込、問い合わせ履歴 |
| 事務所粗利 | 入金から分配・直接費を控除した額 | 管理会計、担当者工数、採用費 |
配信時間・稼働率・継続性を評価する
所属者数だけでは活動実態を示せません。企業価値を考える際は、基準月に実際に配信した実働ライバー数、新規登録者の初回配信率、一定期間後の継続率、配信日数、配信時間、休止・退所をコホート別に確認します。アプリ内ランクやイベント順位は参考になりますが、定義と報酬制度が変更され得るため、取得日と制度を明記します。
配信時間が長いほど常に価値が高いわけではありません。長時間配信が本人の健康を損ねていないか、報酬の増加に結び付くか、担当者の支援工数を含めて粗利が残るかを見ます。月末イベント時だけ稼働が増える会社は、平常月とイベント月を分けます。配信を強制したり、契約上の根拠なく不利益を課したりする運用は、短期数字を作れても継続性と信頼を損ないます。
集中度は、上位1人・上位5人・上位10人が、報酬入金と粗利の何割を占めるかで把握します。上位ライバーが休止・退所した場合、新人の実働化が遅れた場合、プラットフォーム制度が変わった場合の下振れを試算します。逆に、安定して新人が定着し、複数マネージャーで支援でき、特定アプリ以外の適法な収益源もある会社は、将来利益を説明しやすくなります。
| 指標 | 確認目的 | 注意点 |
|---|---|---|
| 実働率 | 所属者のうち実際に活動する割合 | 「実働」の定義と基準月を明記する |
| 継続率 | 採用後の定着と支援品質 | 契約残存と配信継続を分ける |
| 配信日数・時間 | 活動量と報酬の関係 | 健康、安全、イベント月を考慮する |
| 上位集中度 | 主要所属者の離脱影響 | 売上と粗利の両方で計算する |
| 新人実働化 | 募集・育成の再現性 | 広告応募と自然応募を区分する |
| 担当者生産性 | 拡大時の人員・原価 | 担当人数だけで品質を判断しない |
ライバー事務所のM&Aにおける相場と企業価値
ライバー事務所の譲渡価格に、所属人数、配信時間、ダイヤ等へ機械的に掛けられる公的な固定倍率はありません。未上場会社の取引条件は非公開が多く、公開案件でも、対象契約、アプリ、報酬制度、上位集中、支払条件が違います。「所属一人当たりいくら」「売上の何倍」といった単純な目安だけで価格を断定すると、休眠所属者、未払報酬、契約終了、制度変更、担当者依存を見落とします。
実務では、正常化後の営業利益やEBITDA、将来キャッシュフロー、類似企業・取引、調整純資産などを会社の段階に応じて組み合わせます。正常化では、一時的な大型イベント、創業者による無償対応、募集広告の前倒し、返金・未払、関連当事者取引を調整します。成長中でも、実働化までの採用費、マネージャー増員、システム費、安全対策を無視して将来利益を大きく見せません。
評価を支えるのは、プラットフォーム契約の継続可能性、実働ライバーの定着、透明な精算、募集・育成の再現性、担当者の引継ぎ、法務・データ管理です。ベースケースに加え、上位ライバー休止、報酬制度変更、採用効率低下の下振れを示します。企業価値と株式価値、現預金、有利子負債、未払報酬、運転資本、条件付き支払い、税引後の手取り額は同じ表で比較してください。基礎的な考え方はSNS事業の企業価値評価でも解説しています。

プラットフォーム・代理店・所属者の三層契約
第一に、プラットフォーム運営会社と一次代理店・事務所の契約を確認します。対象アプリ、地域、契約期間、更新、実績条件、報酬、最低基準、禁止行為、再委託、二次代理店、情報管理、監査、解除、支配権変更、契約上の地位の移転を一覧にします。株式譲渡で法人が存続しても、支配権変更の通知・同意や担当者審査が必要な場合があります。
第二に、一次代理店と二次代理店、紹介者、スカウト担当との契約です。募集方法、紹介料、報酬の計算、所属先、個人情報の取得、広告表示、再委託、契約終了後の情報取扱い、苦情対応を確認します。紹介者が個人であっても、口頭合意や私的なメッセージだけに依存せず、誰が候補者へ何を説明したかを記録します。
第三に、事務所とライバーのマネジメント契約です。契約期間、更新、活動内容、配信アプリ、専属・非専属、報酬、費用、精算、アカウント、肖像・声・配信アーカイブ、秘密保持、健康・安全、ハラスメント窓口、休止、退所、競業、紛争解決を整理します。雛形が同じでも、個別の追加合意やチャット上の約束があれば、実際の運用と契約を照合します。
広告主、イベント会社、制作会社との契約がある場合は第四の層として分けます。所属契約があるから、事務所が本人の肖像・声・配信映像をあらゆる媒体で利用できるとは限りません。利用目的、媒体、期間、地域、編集、二次利用、報酬、本人の許諾を案件ごとに確認します。
競業避止と2025年の公正取引委員会による注意
公正取引委員会は2025年12月9日、ライバー事務所を運営する事業者に対する注意を公表しました。対象は、PocochaにおけるDeNAとの取引額が上位であったライバー事務所四社です。公表資料では、合理的な理由が認められないにもかかわらず、移籍・独立を牽制する目的で、契約終了後一定期間の配信、他事務所との契約、同種事業を営むことの全部または一部を制限する規定が認められたとされています。
公正取引委員会は、その行為が独占禁止法第19条の規定の「違反につながるおそれ」があるものとして、未然防止の観点から四社へ「注意」を行いました。これは、公表文上、違反を認定した排除措置命令や課徴金納付命令として記載されたものではありません。また、特定の四社とPocochaに関する確認結果であり、全てのライバー事務所、全ての契約条項について一律の結論を示したものでもありません。
競業避止条項を点検するときは、守ろうとする営業秘密や投資の内容、制限対象の活動、期間、地域、媒体、必要性、手段の相当性、代替手段、本人への説明を契約ごとに検討します。「雛形にあるから」「業界慣行だから」という理由だけで残しません。秘密保持、顧客情報の不正利用防止、適切な引継ぎなど、目的に対応したより限定的な手段がないかを専門家と確認します。
同公表は、内閣官房・公正取引委員会の実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針にも言及しています。ライバー契約への具体的な適用は取引実態によって異なりますが、契約内容の明確化、十分な説明、適切な収益還元、契約期間・更新、移籍・独立などを点検する重要な一次資料です。
フリーランス法と労働者性を契約名だけで決めない
所属ライバーがフリーランスに該当し、事務所との取引が法の対象になる場合は、取引条件の明示、報酬の支払期日、禁止行為、募集情報、ハラスメント対策、育児・介護への配慮などを確認します。公正取引委員会のフリーランス法特設サイトを参照し、当事者の要件、委託内容、継続性に応じて適用関係を判断します。
一方、契約書に「業務委託」と書いてあっても、事務所が配信場所・時間・方法を強く指定し、指揮命令、代替性、報酬の労務対償性などの実態によっては、労働関係の検討が必要になる場合があります。逆に、配信目標や助言があるだけで直ちに一定の法的性質が決まるわけでもありません。契約名称だけで断定せず、実際の募集、指示、評価、制裁、報酬を専門家へ示します。
未成年者が所属する場合は、契約締結、親権者等の関与、配信時間、深夜、学校生活、個人情報、課金、プレゼント、安全について追加確認が必要です。法令・プラットフォームの年齢条件は変わり得るため、契約時だけでなく運用中も最新版を確認します。本人の成長や生活を犠牲にして短期の稼働を増やす設計は、企業価値の基盤になりません。
報酬精算の透明性と未払リスク
報酬条項では「何%」だけでなく、何を分配の基礎額とするかを明記します。プラットフォーム控除前か後か、時間報酬、成果報酬、イベント賞金、ボーナス、広告案件、返金、税、源泉徴収、振込手数料、機材・レッスン費をどの順序で扱うかを分けます。制度変更時に事務所が一方的に計算式を変えられるのか、本人へいつ説明するのかも確認します。
精算書には、対象期間、アプリ、ライバーID、報酬区分、基礎額、控除、分配率、支払額、支払日、問い合わせ先を示します。事務所への入金前に概算を伝える場合は、概算と確定を明確に区別します。退所後に確定する報酬、最低支払額未満の残高、返金・チャージバック、口座不備をどう扱うかも契約と運用をそろえます。
デューデリジェンス前には、プラットフォーム明細からライバー別精算、銀行振込、会計までサンプル月を通して再計算します。差額があれば、対象者、金額、期間、原因、是正、残存リスクを整理します。未払や誤計算を隠すより、本人へ説明し、専門家と是正計画を作る方が取引の信頼を守れます。
所属ライバーの継続意思と説明の順序
ライバー事務所のM&Aでは、契約が会社に残ることと、本人が安心して活動を継続できることは同じではありません。株式譲渡で法人が存続しても、支配権変更条項、通知、再協議、解除条件を確認します。事業譲渡では、契約上の地位を移すために本人の承諾や再契約が必要となる場合があります。
本人へ伝える時期は、取引確度、秘密保持、契約、心理的負担、情報漏えいリスクによって変わります。ただし、本人の同意や協力が必要な条件を、確認しないまま候補企業へ確約してはいけません。取得後の事務所名、担当者、報酬、配信アプリ、活動方針、相談窓口、個人情報、安全体制を説明し、質問と懸念を記録します。
継続率を高く見せるため、退所希望者を名簿に残したり、休止中の所属者を実働扱いしたりしません。継続意思は、匿名概要の段階では人数の範囲で示し、取引が進んだ適切な段階で本人確認を行います。回答を強制せず、伝え方と面談者を慎重に設計します。
配信アカウント・個人情報・安全を引き継ぐ
配信アカウントについて、登録名義、本人確認、所有者、管理権限、再設定用メールアドレス、電話番号、多要素認証、収益受取、連携サービスを一覧にします。本人名義のアカウントを会社の資産のように扱わず、プラットフォーム規約と本人の合意に沿って、移行できる権限と必要な手続きを個別確認します。パスワードの共有は避けます。
事務所は、本名、住所、本人確認書類、銀行口座、連絡先、配信場所、健康、相談内容など機微性の高い情報を扱います。個人情報保護委員会の個人情報保護法ガイドライン(通則編)を基礎に、利用目的、安全管理、委託、第三者提供、開示等請求、漏えい対応を確認します。候補企業への開示は段階に応じて匿名・集計し、本人を特定できる情報の閲覧者、目的、保存、削除を限定します。
株式譲渡では個人データを保有する法人が存続する一方、事業譲渡では対象事業とともにデータを別法人へ承継する場面が想定され、整理は同一ではありません。従来の利用目的を超える利用が当然に認められるとは考えず、プライバシーポリシーとの整合、通知や同意の要否、移行範囲、委託契約、保存期間、削除、問い合わせ窓口を取引形態とデータごとに確認します。
配信者は、身元の特定、つきまとい、誹謗中傷、私的接触、性的言動、個人情報流出などの危険にさらされることがあります。緊急連絡、コメント管理、ブロック・通報、プレゼント受領、イベント警備、相談窓口、証拠保存、警察・弁護士等への連携を整えます。事故履歴は本人を不必要に特定せず、事実、影響、対応、再発防止に分けます。
イベント・広告・物販とコンテンツ権利
アプリ内イベントでは、参加条件、順位・ポイントの算定、特典、事務所負担、失格、返還、本人への分配を確認します。イベント月の報酬を平常月の継続収益と混同せず、交通・衣装・制作・スタッフなどの直接費を差し引いて採算を示します。順位獲得のために本人や関係者へ不適切な課金を求める運用がないかも点検します。
企業案件では、広告であることが視聴者に分かる表示、商品説明の根拠、禁止表現、ライブ中の発言、アーカイブ、切り抜き、二次利用を確認します。消費者庁のステルスマーケティング規制と同規制のQ&Aを参照し、「PR」等の表示を置くだけで常に十分とは決め付けず、事業者の表示に当たるか、表示位置、時間、媒体、配信全体の文脈を案件ごとに確認します。
配信映像、切り抜き、音楽、画像、ゲーム実況には、著作権、出演者の実演に関する権利、肖像・声の利用、プラットフォーム規約、素材の利用条件が関わります。文化庁の著作隣接権の解説と著作権契約マニュアルも参照します。事務所が配信を支援しているだけで全ての権利を保有するとは限りません。媒体、期間、編集、収益化、広告利用、退所後のアーカイブを契約ごとに確認します。
物販や有料イベントでは、販売主体、価格、送料、引渡時期、返品、キャンセル、肖像利用、在庫、出演中止時の対応を整理します。受注残、未提供特典、返金見込みを基準日現在の債務・運転資金へ反映します。人気を根拠に過大な在庫を持たず、ライバーごとの許諾期間と退所後販売の可否を示します。
マネジメント組織と募集の再現性
企業価値を支えるのは上位ライバーだけではありません。募集、審査、初回設定、配信指導、日常相談、イベント、広告営業、精算、安全対応を担うチームが必要です。担当者ごとに所属者数、実働者数、面談頻度、夜間対応、離職、代替者を一覧にし、創業者や一人のマネージャーへ情報と信頼が集中していないかを確認します。
募集経路は、自然応募、広告、紹介、スカウト、提携先に分け、応募から契約、初回配信、30日・90日後の継続まで追います。所属者数を増やすために誇大な収益表示を使ったり、重要条件を契約後まで伝えなかったりすれば、早期離脱と苦情につながります。募集文面、説明資料、面談記録、契約締結の手順を標準化します。
日常支援では、目標を一方的に押し付けず、本人の生活、健康、希望する活動を踏まえます。面談内容を私的なチャットに閉じず、必要な範囲で組織的に引き継げる記録へ変えます。ただし、相談内容を広く共有せず、アクセス権を役割に応じて限定します。
想定される譲受企業と相乗効果
候補には、ライブ配信・動画・メディア関連会社、インフルエンサーマーケティング会社、広告会社、芸能・音楽事務所、ゲーム会社、イベント会社、EC・物販会社、人材・教育会社などが考えられます。会社規模だけでなく、所属ライバーをどう支援し、既存の報酬条件、安全確保、活動・表現の裁量をどう扱うかを確認します。
広告会社は案件獲得、イベント会社はオンライン・オフライン展開、音楽会社は楽曲・ライブ、EC会社は適法な商品企画で相乗効果を見込めます。ただし、本人との契約や同意を確認せず、肖像や配信を別事業へ自由に転用できるわけではありません。相乗効果は、対象者、施策、権利、追加費用、担当者、時期まで具体化します。
候補企業が別の事務所や配信サービスと関係する場合は、競合、情報遮断、担当者、優先順位を確認します。面談では、短期売上だけでなく、透明な報酬、相談体制、夜間・緊急対応、退所方針を質問します。高い提示価格でも、本人との信頼を失えば、長期の事業価値を守れません。
ライバー事務所のM&A前にそろえる資料
準備は、直近24〜36か月の月次試算表、プラットフォーム別・ライバー別の入金と分配、実働・継続データ、契約台帳、精算台帳、アカウント一覧、組織図から始めます。管理画面、支払通知、銀行入金、会計、ライバーへの振込を突合し、総額と事務所粗利を説明できるようにします。
| 分野 | 主な資料 | 整備の要点 |
|---|---|---|
| 財務・精算 | 月次試算表、入金、分配、精算、未払 | 総額・売上・粗利と基準月を分ける |
| 所属者 | 契約、実働、継続、休止・退所、面談 | 契約人数と活動人数を区分する |
| プラットフォーム | 代理店契約、管理画面、通知、実績条件 | 承継、解除、制度変更、権限を確認する |
| 募集・運営 | 募集経路、説明資料、手順、担当表 | 実働化と定着の再現性を示す |
| 法務・安全 | 苦情、事故、競業、広告、個人情報 | 事実・是正・残存リスクを分ける |
匿名概要書では、社名、アプリ内ID、個人名を伏せ、プラットフォーム構成、実働人数の範囲、収益・粗利、継続率、上位集中、組織、譲渡理由を示します。所属者が少ない場合、上位ライバーは指標だけでも特定される可能性があるため、候補ごとに開示粒度を調整します。秘密保持契約後も、必要性に応じた段階開示を行います。
未整備事項は、事実、影響、是正、残るリスクに分けます。口頭契約、精算差額、過度な競業制限、共有パスワード、募集表示、苦情履歴を隠すと、後半の価格調整や交渉中止につながります。重要度の高い項目から本人・契約先・専門家と誠実に確認します。
株式譲渡と事業譲渡の違い
株式譲渡では、株主が株式を譲渡し、会社という法人は存続します。プラットフォーム契約、所属契約、従業員、システムは原則として法人に残りますが、支配権変更、通知・同意、契約解除、アカウント権限を確認します。未払報酬、苦情、労務、税務、個人情報等の過去リスクも会社に残るため、調査と表明保証が重視されます。
事業譲渡では、対象契約、運営チーム、システム、顧客関係を選んで移します。特定アプリ部門だけを切り出せる一方、プラットフォーム、ライバー、広告主、委託先の承諾、従業員の転籍、個人データの移行が必要になる場合があります。名簿だけを移しても、本人の合意、担当者、精算履歴、相談体制がなければ事業を継続できません。
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 対象 | 会社の株式 | 合意した事業・契約・資産 |
| 所属契約 | 法人に残るが支配権変更を確認 | 承諾・再契約が必要となり得る |
| 代理店契約 | 通知・同意・解除条件を確認 | 地位移転・新規審査を個別確認 |
| 個人データ | 保有法人は存続 | 承継範囲と利用目的を確認 |
| 主な論点 | 会社に残る過去リスク | 切り分けと継続の実行可能性 |
会社分割など他の方法が適する場合もあります。税務、労務、契約、個人情報への影響は案件ごとに異なります。残したい事業、本人の意向、移せる契約、必要期間、税引後の手取り額、候補企業の受入体制を比較し、弁護士、税理士、公認会計士、社会保険労務士等と検討します。
相談から成約までの手順
一般的な流れは、目的整理、初期資料、匿名での候補探索、秘密保持契約、詳細説明・面談、意向表明、基本合意、デューデリジェンス、最終契約、決済・引継ぎです。プラットフォームや所属ライバーへの確認時期により順序と期間は変わります。全体像はSNS事業M&Aの流れでも確認できます。
- 目的整理:譲渡理由、対象部門、時期、所属者・従業員方針、経営者の残留を決めます。
- 初期調査:財務、精算、実働、契約、アカウント、人員、事故を整理します。
- 候補設計:支援体制、相乗効果、競合、情報漏えい、安全を比較します。
- 匿名打診:会社・アプリ内ID・個人を特定できる情報を伏せます。
- 秘密保持・面談:運営方針、報酬、本人保護、取得後の投資を議論します。
- 意向表明・基本合意:価格、スキーム、独占、調査、同意条件、日程を確認します。
- デューデリジェンス:財務・税務・法務・労務・データ・事業を検証します。
- 最終契約・引継ぎ:条件を確定し、決済、説明、契約・権限移行を行います。
支援機関との契約では、業務、手数料、譲受企業側から受ける報酬、利益相反、秘密保持、専任、途中解約を確認します。中小企業庁「中小M&Aガイドライン」は、支援内容と対価、契約、最終契約上のリスクを確認する基礎資料です。
デューデリジェンスで確認される事項
財務調査では、プラットフォーム別・ライバー別の報酬、入金、分配、精算、広告・イベント、未払、返金を契約・管理画面・銀行・会計へ突合します。一時的なイベント報酬、季節性、上位集中、休止・退所後の支払を分け、正常化後の利益を確認します。
法務・労務調査では、代理店・所属・紹介・広告契約、競業避止、フリーランス法、労働者性、未成年者、募集表示、著作権・肖像、紛争を確認します。公正取引委員会の注意を「処分歴」と誤って一般化せず、自社の契約文言と実際の運用を個別に検証します。
事業調査では、実働率、継続率、配信時間、上位集中、募集経路、担当者生産性、制度変更への耐性を確認します。データ・技術調査では、アカウント権限、精算システム、本人確認資料、アクセスログ、バックアップ、事故を点検します。初期から個人情報を無制限に開示せず、匿名集計、画面閲覧、専門家限定を使います。

価格以外の条件を比較する
同じ提示価格でも、決済時の現金、分割、アーンアウト、留保、補償によって確実性は異なります。アーンアウトを配信報酬、実働人数、継続率で計算する場合、取得後の担当者、採用予算、プラットフォーム制度、本人の健康が指標へ影響します。過度な配信を促さない設計とし、計算式、運営義務、閲覧権、異議申立て、支払日を具体化します。
表明保証では、代理店・所属契約、報酬精算、競業、募集、広告表示、個人情報、労務、税務を確認します。将来の配信時間、人気、本人の活動継続、プラットフォーム報酬を無条件に保証することは現実的ではありません。過去の事実、開示資料、本人の意思、外部変更を分け、履行可能な文言を専門家と検討します。
経営者・主要マネージャーの残留では、期間、役割、夜間対応、意思決定、報酬、目標、終了条件を定めます。譲渡企業の経営者に対する競業避止も、範囲、期間、地域、必要性を確認します。所属ライバーの報酬、担当者、事務所名、安全、活動方針を候補企業と協議し、口頭説明と契約上の条件を区別します。
成約後の引継ぎとPMI
PMIは最終契約後ではなく、基本合意の段階から設計します。成約直後は、日々の配信、イベント、報酬精算、広告案件、問い合わせ、緊急対応を止めないことが優先です。アプリ・ライバーごとに予定、担当者、権限、支払、連絡先を一覧にします。
最初の30日では、所属ライバー、従業員、プラットフォーム、広告主、委託先への説明、アカウント権限、精算、契約、データ、安全体制を確認します。本人へは、変わることと変わらないこと、相談窓口、報酬明細の見方を説明します。話題づくりを優先して未確定情報や本人の意向を公表しません。
100日程度の計画では、募集、育成、面談、イベント、営業、精算、人事評価を統合します。取得直後に担当者、報酬、配信目標、事務所名を同時変更すると、所属者と従業員の信頼を損なうおそれがあります。実働、継続、粗利、苦情、健康負荷を月次で確認し、段階的に改善します。

企業価値を損ねやすい失敗
所属人数を実働人数として示す
契約が残っていても、配信していない所属者から収益は生まれません。基準月と実働定義を示し、休止・退所を分けます。
視聴者の課金総額を事務所売上とする
課金、ポイント、報酬算定、事務所入金、ライバー分配は別の金額です。契約と明細を基に、事務所粗利まで示します。
プラットフォーム契約を確認しない
株式譲渡でも支配権変更の通知・同意が必要な場合があります。事業譲渡では地位移転や新規審査を個別確認します。
競業避止を一律に残す
公正取引委員会の注意を踏まえ、守る目的、必要性、対象、期間、相当性を契約ごとに確認します。
報酬計算を担当者しか再現できない
計算式、明細、承認、振込、問い合わせを標準化します。スプレッドシートの個人管理や手修正を減らします。
本人へ相談せず継続を確約する
契約承継と本人の活動意思は別です。適切な時期に取得後の条件を説明し、質問と懸念を確認します。
個人情報を候補企業へ早期開示する
本名、住所、口座、配信場所は匿名打診に不要です。目的と段階に応じて集計・マスキング・閲覧制限を使います。
価格だけで候補企業を選ぶ
透明な報酬、本人の処遇、担当体制、安全、支払条件、補償、PMIを総合しなければ、成約後の価値を守れません。
ライバー事務所のM&Aで確認する20の評価ポイント
- 視聴者課金、報酬算定、事務所入金を区分したか
- ライバー別の分配と事務所粗利を再計算できるか
- 所属人数と実働人数を基準月付きで示せるか
- 新規契約後の初回配信率と継続率を把握したか
- 配信日数・時間と粗利の関係を確認したか
- 上位ライバーと特定アプリへの集中度を示せるか
- プラットフォーム・一次代理店契約を確認したか
- 二次代理店・紹介者・スカウト契約を整理したか
- 所属契約の期間、更新、報酬、退所を確認したか
- 競業避止の目的、必要性、範囲、相当性を確認したか
- 支配権変更、契約移転、通知・同意を確認したか
- 未払・誤計算・問い合わせ履歴を整理したか
- フリーランス法と労働者性を実態から確認したか
- 募集表示と契約前説明が実態に合っているか
- アカウントの名義、権限、認証を把握したか
- 個人情報の取得、開示、保存、削除を管理したか
- イベント、広告、物販の採算と権利を確認したか
- 事故・苦情・ハラスメントへの対応を整えたか
- 主要マネージャーの業務を引き継げるか
- 価格、支払、補償、本人の処遇、PMIを比較したか
未整備項目があっても、直ちに譲渡を検討できないという意味ではありません。所属ライバーの権利と安全を優先しながら、企業価値と取引実行への影響が大きい順に、是正、追加合意、開示、契約条件で対応します。通常の配信と精算を止めずに進められる計画を作ります。
ライバー事務所のM&Aでよくある質問
ライバー事務所の譲渡価格は所属人数で決まりますか?
所属人数だけでは決まりません。実働・継続、ライバー別粗利、上位集中、プラットフォーム契約、透明な精算、募集・育成、組織、安全、候補企業との相乗効果を総合します。一律の公的倍率はありません。
赤字のライバー事務所でもM&Aを検討できますか?
検討は可能です。赤字が募集・育成への先行投資か、低い粗利、過大な広告費、未払、低い継続率など構造的な問題かを分けます。改善後の収益と今後必要な人員・資金を資料で説明します。
所属ライバーの契約はそのまま引き継げますか?
株式譲渡か事業譲渡か、契約条項、支配権変更、本人の同意によって異なります。法人に契約が残る場合も、取得後の報酬、担当者、活動方針、安全体制について本人の理解と協力が不可欠です。
競業避止条項は全て削除しなければなりませんか?
一律には判断できません。公正取引委員会の2025年の公表は特定の4社への注意であり、全条項を一律に無効としたものではありません。守る目的、必要性、対象、期間、地域、相当性、代替手段を契約ごとに専門家と確認します。
公正取引委員会の注意は法令違反の処分ですか?
公表文では、独占禁止法の違反につながるおそれがあるものとして、未然防止の観点から4社に対して注意を行ったと説明されています。排除措置命令や課徴金納付命令として公表されたものではありません。自社契約は別途個別に確認します。
配信アカウントも会社と一緒に譲渡できますか?
アカウントの登録名義、本人確認、管理権限、プラットフォーム規約によって異なります。会社資産と決め付けず、本人の合意と最新規約に沿って、移行できる権限の範囲と必要な手続きを個別に確認します。
上位ライバーが退所予定でも譲渡できますか?
検討は可能ですが、入金・粗利、担当者、イベント、広告案件への影響を示す必要があります。退所予定を伏せたまま、平常時と同じ将来収益を示してはいけません。本人の情報を守りながら、下振れと引継ぎ計画を整理します。
ライバーへの未払や精算差額があると譲渡できませんか?
一律に決まるものではありません。対象者、金額、期間、原因、契約、本人説明、是正、残るリスクを整理します。隠すと信頼と価格を損なうため、早期に専門家へ相談し、適切な支払と開示を進めます。
事業譲渡と株式譲渡はどちらが適していますか?
会社全体を承継するか、特定アプリ・部門だけを切り出すかで変わります。代理店・所属契約、従業員、精算、個人データ、税務、過去リスク、必要な同意を比較し、専門家と検討します。
準備が整っていなくても匿名で相談できますか?
相談できます。最初は社名、アプリ内ID、個人情報を伏せ、売上・粗利、実働人数、主要アプリ、契約、精算、組織、譲渡目的を分かる範囲で整理します。不足資料は優先順位を付けて準備できます。
譲渡企業が次に取る行動
最初の一歩は、社名や上位ライバーのIDを多数の候補へ開示することではありません。直近24か月のプラットフォーム入金、ライバー別分配、事務所粗利、実働・継続、契約、未払、組織、事故を項目ごとに整理します。分からない項目は「未確認」とし、通常の配信と本人の安全を守りながら確認責任者と期日を決めます。譲渡を見送る場合にも、精算、契約、採用、情報管理の改善につながります。
SNS M&A総合センターでは、ライバー事務所の収益、所属契約、精算、実働・継続、組織を匿名相談の段階から整理できます。会社全体と特定部門のどちらを検討するか、何から改善するか、候補企業へ何を開示するかを確認できます。
社名やライバー名を開示する前に、匿名で相談できます
譲渡企業様からは、着手金・中間金・月額費用・成功報酬を含む当センターへの手数料をいただきません。着手金0円、成功報酬0円を含め、当センターへの手数料は0円です。登記、税務、法務、労務、システム調査など外部専門家への依頼費用や実費が生じる場合は、内容と負担者を事前に確認します。サービスの適用条件、支援範囲、情報管理をご確認のうえご相談ください。
参考資料
- 公正取引委員会「ライバー事務所を運営する事業者に対する注意について」
- 内閣官房・公正取引委員会「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」
- 公正取引委員会「フリーランス法特設サイト」
- 個人情報保護委員会「個人情報保護法ガイドライン(通則編)」
- 文化庁「著作隣接権」
- 文化庁「誰でもできる著作権契約マニュアル」
- 消費者庁「ステルスマーケティングに関するQ&A」
- 17LIVE「ギフト」
- 17LIVE「Agency契約」
- Pococha「ダイヤ」
- TikTok「ダイヤモンド」
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」
本記事は2026年8月3日時点で確認できる公開情報に基づく一般的な解説です。法令、ガイドライン、プラットフォーム規約、報酬制度、各社契約は変更されることがあります。具体的なM&A、企業価値算定、契約、独占禁止法、フリーランス法、税務、会計、労務、著作権・著作隣接権、肖像、個人情報、広告表示の判断は、案件に応じて弁護士、税理士、公認会計士、社会保険労務士等の専門家へご相談ください。
